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271.  仮題「あなたにも出来る定年起業」  ・・・ (2019/03/10)


 定年起業って万人に向くの?
 すべての定年退職者が起業した方が良いのかどうかは分かりません。ただ、私自身は定年後起業をしてみてとても良かったと思っています。良かったと思う理由は、先にも書いたように「それまで気がついていなかった自分に気付くことが出来た」ことが最大の収穫と思えているからです。

 さて、良くある本のタイトル的に言えば「あなたにも出来る定年起業」 といったところが考えられます。出来るか出来ないかで言えば私的には「出来る」と答えます。なぜなら(昔の言葉でいうところの)「脱サラ」などは考えたことがなかった私にも起業出来たのですから。ただ、動機はいささか貧弱で、定年後私を雇ってくれるところが見つからず、しかたなく(?)という非積極的な理由でしたが。そんな意志薄弱なスタートをした私が9年目もやってこられたのですから、その意味では誰にでも出来るものと言って差し支えない気がします。

 私が勤め人だった40年近くの間に自分で独立しようなどとは考えたことがありませんでした。理由は父が商売をやっていて苦労をしていたことを見ていたからで、経営者だけにはなりたくない、とすら思っていました。しかし晩年の父に尋ねたところ「生まれ変わったとしても、同じ仕事をしただろう」とのことでした。つまり傍目(息子)には苦労と見えていても、本人にはそこそこ楽しかったようです。

 繰り返して言いますが、こんな具合に定年を迎え、それまで自分で独立しようなどと考えたことがない私でも起業出来たわけですから、「出来るの?出来ないの?」で言えば、誰でも定年起業は出来るとお答えすることが出来るでしょう。

 では、すべての人が独立起業に“成功するの?”と質問されたらどうでしょう。ふと堀江貴文氏の本のことを思い出しました。堀江氏いわく「バカは失敗しない」というのです。バカは失敗することなど考えないで、ただ突っ走るから、と。つまり何かことをヤル前から失敗するのではないかと心配するのは、あまり賢明なことではないようです。


オーナー経営者の強み
 オーナー経営者の場合、成功するまでやり続けるということも出来ます。NHK朝ドラの主人公、立花萬平さんではありませんが、試作しても、試作しても、美味しい即席ラーメンが出来ないのに諦めない。勤め人だったら会社が“待った”をかけるでしょうがオーナー経営者は、自分が納得するまで続けることが出来ます。ゆえに成功するまでやれば良いだけ、となります。

 しかし資金には限度があるでしょう。私的に言えば、定年後起業を銀行融資をして貰ってまでやるほどのものではないと思っていたので、定年後に家内と相談し、最大手持ち預金を300万円まで使うかもしれないが理解して欲しい、と相談しました。そして300万円を使いつくしても芽が出なかったら事業継続を諦めるからと説明しておきました。実際に起業準備(スタートアップ)に使ったのは100万円未満でした。さらに、その100万円のうち半分くらいは、定年後のアフリカ(ガーナ)市場視察の旅行費用関連費用でした。(注:青色申告の場合には、赤字でも確定申告を行うことで3年間も赤字の繰越をすることができるという大きなメリットがあります)

 パチンコでも競馬でも、最初から、○○円使ったらゲームを止めると決めておけば生活を破綻させることもないはず。また、よしんばトライした結果、芽が出なくても、あの○○円は使い出があった、楽しかった、と思えるよう好きなことを事業にしたらよいですね。


一番肝心なもの
 それは「覚悟」かもしれません。私が初めて「東京しごとセンター」の創業寺子屋を受講したのが2010年でした(翌年からは私が事例紹介の講師として呼ばれた)。私が聴講したその時の事例紹介講師は、スペイン風バルを経営する人でした。彼いわく、都会は隣が何をしているのか知らない。そんな東京で立ち飲みのバルをやる。仕事帰りにちょっと立ち寄るお客に対して店員はあまり会話には加わらず、お客同士の会話を促進する。それでその地域に知り合い同志が増えていく。これが創業者が考えたコンセプトでした。つまり単に儲かるかどうかではなく人の為にもなることを考えての起業でした。その後、間接的に聞いているお話しでは、事業も順調で店舗数も直営、非直営を含めて10店舗に増えたそうですから、彼のコンセプトは世に受け入れられたようです。

 特に私の記憶に残っているこの経営者の話しの中の1つが「起業してからも何度か心が折れそうになることがあった」と。そうなのです、すべてが順調にいけば良いのですが、そうはいかないのが常です。そんな時、何を拠り所にするのかを考えておく必要があるのです。大切になるのは「自分は○○の為に始めたのだから、おいそれと止める訳にはいかない」といった"起業時の情熱"と言っても良いかもしれない。別な言葉で言えば私はそれを「覚悟」とだと思うわけです。


勤め人時代、脱サラを考えなかった私が起業した理由(わけ)
 一言で言えば、定年後も仕事をしたいと思っている私に対して雇ってくれるところがどこも無かったということです。定年後、まずは品川駅の裏手(港南口)にあるハローワークに失業保険の手続きに通いました。実は幾度もの転職を経験した私ですが、いつも次の仕事が決まっての転職だったもので失業保険を貰ったのはこれが初めてでした。年金についてはまだ支給開始年齢(65歳)前だったので、失業保険給付は金額的なものもさることながら、心理的な意味でも私の新しい仕事への心の支えにもなりました。

 私は、定年後起業に必要なことは「人脈」「経験」の活用の上で「低リスク」でやるべきとだと思っています。その意味で、創業寺子屋塾などで教えて貰った「公的融資」のことは、知識としては知っておいたとしても、それらを利用するつもりはありませんでした。そもそも融資を受けて始めた事業が上手くいかない場合、借金返済のメドなどはたちようがなく、泣く泣く老後の資金を食いつぶさなくてはならなくなります。けしてやってはいけないことの1つだろうと思います。


勤め人時代の私の「覚悟」
 誰しもそうでしょうが、会社を辞めたいと思ったのは一度ならずあったはず。私の場合でも、俸給生活40年近くの間に何度か辞めたいと思ったことがありました。転職回数の多い私だけに上手な転職というものもなんとなく分かります。

 まず、イヤでイヤでしょうがなくて辞める転職は上手くいかないケースが多いです。人事の人とお話をしてみてその方も同意見だったのがこれ。どうやら「色に出にけり我が恋は」ではありませんが“イヤだオーラ”が顔に出てしまっているようで、採用担当がベテランであれば、それを見抜かれてしまうようでした。

 私も経験でも、現状の仕事がイヤで転職を試みていた時は次が決まりませんでした。仕方ないので置かれた立場で自分なりの努力をしていると、そのうち周りも認めてくれるようになりました。どういう訳かそんな時に限ってリクルーティングの会社から声がかかるのでした。相手担当者と会ってみて、私が「今の仕事が面白いので転職する気はないですよ」と伝えると、リクルーティングの会社の担当者は、「そういう今が充実している人こそ転職紹介をしたい対象なのです」と。人生はなんとも皮肉なものですね。

 そうは言っても、どうしても会社を辞めたいと思うことはあるでしょう。私の場合で言えば、自分の置かれた位置をどこまで下げる「覚悟」があるかを自問自答しました。具体的にはこうです。当時の私は運転免許のゴールドを持っていました。住んでいるのは日本一大使館の多い港区にいるわけですから、この免許証のコピーを添えて港区中の大使館に履歴書を送ってみようと。運転手としての会話くらいの英語には不自由はないので、どこか1つくらいは自分を採用してくれる大使館があるはず、と。
 幸いなことにこうした「覚悟」を持っていた私には大使館運転手としての職探しを具体的にする必要は発生しませんでした。


チャップリン
 彼の映画での言葉だそうですが、人生に必要なものは「希望」「勇気」そして「いくばくかのお金」なのだそうです。苦労人のチャップリンならではの言葉だと思います。定年後起業でなくとも、すべからく起業にはこの3つは不可欠でしょう。まずは自問自答してみて、自分にはこの3つは備わっているかどうか考えてみたらいいでしょう。そしてそれが自分にはないと思ったら、定年後起業などしない方がいいのかもしれませんね。


最後に
 そもそも、定年後に起業するのが幸せなことだなんて誰にも補償など出来ません。別な例で言えば、日暮らし図書館に通って雑誌コーナーで本を読む生活だって別に悪くはないはず。また定年後に私が覚えた楽しみの1つにもなったのだが、BS放送の1つ、Dlifeチャンネルの番組を「録画」して好きな時間に見ることも、私の気持ちをとても豊かにしてくれました。たとえばER(救命救急)はマイケル・クライトン(映画ジュラシック・パークの監督)が制作した医療ドラマ、これなどは、人間にとっての生死の問題をどう捉えたら良いのかの多くのヒントが得られました。

 とまあ、自分がこれが楽しいと思えることをすればよいだけで、たまたま私の場合は、定年後起業した中古車輸出の世界が楽しいと思えただけのこと。市場の流れを上手くつかめなくなったら、いつ辞めてもいいと思っています。ちなみに私、来春で70歳になります。




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