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208. [特別寄稿] ある三題噺−ローマ法皇・フランス大統領・渡り鳥  ・・・ 再掲載 (2017/02/26) 

  東海大学名誉教授 藤牧 新平 (国際政治) ・・・ 2006/03/19

■グレゴリオ16世と鉄道
 イタリアに鉄道が敷かれるようになったのは、19世紀の30年代以降の事だが、その当時のローマ法皇グレゴリオ16世は、鉄道は、商品よりむしろ思想を運ぶものだと評して、この新しい文明の利器に対する警戒の念を隠さなかった。彼が思想という時、それは、武装蜂起によってイタリアの統一を求めるマッチーニなどの「若きイタリア」という名の運動も入っていたに違いない。たしかに、鉄道は、モノだけではなくヒトも運ぶものだが、そのヒトは、必ず一定の思想を持っているのだから、鉄道によって、思想が運ばれることを恐れたローマ法皇は、事態の本質 − 人間の運搬手段が数千年続いた牛馬から鉄道に変わったという巨大な変革の意義 − を、本能的に予感していたといえよう。

■ミッテラン大統領とインターネット
 新聞報道によると、ミッテラン・仏大統領の主治医が、同大統領の死後間もなく回想録を出版し、その中で、彼がガンにかかっていることを「国家秘密」として、公表することを禁じ、在任期間の末期に至るまで、10年以上、国民には健康だといつわっていたという事実を暴露した。この本が出版されると、ミッテランの家族が、出版差し止めの訴訟を起し、裁判所は、その訴えを認めたが、それまでに、すでに4万部が売られていた。おまけに、フランスの地方都市ブザンソンにあるインターネット・カフェの主人が、この本をインターネットに載せたので、世界中の人が、この本を読めるようになった。現行法では、発禁措置は、出版社に適用されるだけで、全くの第三者がインターネットに流すのは取り締まりようがなく、この喫茶店の主人が逮捕されたのは、この事件には関係のない、彼自身の別件を理由とするものだった。この話は、インターネットが、国境を超えることを示すほんの一例に過ぎない。

■渡り鳥と人間
 もともと、国境という垣根は、人間が勝手に地球上に線を引いたもので、こういう邪魔物は、渡り鳥には全く関係がないから、彼等は、その種族保存の本能に従って、季節毎に、地球上を、自由に、旅券も持たずに移動する。この渡り鳥を保護しようと思えば、人間は、国際条約などという面倒な取り決めを結ばなければならない。そういうややこしいこことになったのは、現代の人間社会が、国家によって分割されているからであって、渡り鳥のせいではない。しかも、渡り鳥に対しては、こんなに心優しく気をつかう人間が、カンジンの自分自身に対しては、今なお、全人類を何回か絶滅し得る程の核兵器を抱えて、国家間で睨み合っているのは、どうした事か。渡り鳥から、私たちの保護条約は結構だが、あなた方人類の保護条約を作ったらどうですか、とからかわれても、仕方あるまい。渡り鳥からのこういう皮肉な質問に対するわれわれの答えは、先ず、この国境という垣根を低くすることから始めなければならないが、それには、インターネットという道具は、役に立つかも知れない。

 ただ、この道具は、エロ、グロ、ナンセンスを世界中に大量にバラまく凶器となり得るし、現にそうなっている。そうならないようにするのは、一にかかって、この道具を使いこなす人間の知恵にある。渡り鳥条約まで作った知恵が、やがて核兵器をなくし、国境を取り払うという地点まで、無事に人類を導くことができるかどうか・・・・インターネットを使いながら、われわれが、常に心に刻んでおかねばならなぬ問いは、これである。


(上記の全体、もしくはその一部を、許可なく転載することを禁じます)



(注) こちらの文章は、当時私の上司でもあった藤牧先生にお願いをして寄稿していただいたもの。2006/03/19に一度、当ホームページに掲載したことがあるが、あらためて読み直してみて、インターネットというメディアの可能性についてこれほど端的に言葉にしてくださったものはないと思い、あらためて紹介させていただきます。  <当ホームページ管理人>



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