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2008年1月1日  [特別寄稿]  団塊シニア賛歌--市民社会の主人公たちへ

                                慶応・法政・明治大学講師
                                株式会社サイエンスハウス代表取締役
                                  飯 箸  泰 宏

1.団塊シニアの世代に複雑な思い

 シニアについて書くということは、おそらく私はシニアの中でも少し年寄りになったということだろうか。何かとても複雑な思いが去来する。
私は、団塊の世代の中心年齢60歳よりも一つ年上である。お許しいただいて四捨五入すれば団塊の世代のお仲間ということになる。


2.見かけは「高度情報化社会」だが

 1981年早春、私は今のシステムハウスを立ち上げた。すでにマイコンブームは始まりかけていたが、大ブームというほどではなかった。しかし、まもなく、大ブームになり、私の会社などにも取材の記者やカメラマンがやってきた。マスコミがもてはやしたこととは違って、少年たちのマイコンゲームがブームの中核であったわけではない。いつの世でもそうだが、少年の無軌道は事例が少なくとも目立つのである。パソコンはまずオフィスに普及した。家庭はその後に続いていた。明らかにこのブームを牽引し主導していたのは30歳台になったばかりの団塊の世代である。
当時の私は、モノを書き、専門学校の講師などもこなしていたが、モノ書きのネタや教壇で語るネタに不足すると、よく物思いにふけった。今のこのブームなるものは何だろうか。いつまで続くのだろうか。・・・。
 私は、世間がよく言い、私もしばしば使用した「高度情報化社会」という言葉があまりにも皮相に聞こえてならなかった。「高度情報化社会」という捉え方はあまりにも表面的で現象しか見ていない、・・・。


3.団塊の世代は赤子のように

 1981年〜1990年頃
  「生理的欲求 を満たす時代(マズローの仮説の第一段階)」

      = 「オフィスレディやサラリーマンたちの単純反復的労働という職業上の苦痛からの解放」

 1986年〜1995年頃
  「安全の欲求 を満たす時代(マズローの仮説の第二段階)」

      = 「防衛システムや家庭のセキュリティシステムの構築」

 1991年〜2000年頃
  「親和性の欲求 を満たす時代(マズローの仮説の第三段階)」

      = 「人々の親和性の欲求を満たすインターネットの爆発的普及」

 1996年〜2005年頃
  「自我の欲求 を満たす時代(マズローの仮説の第四段階)」

      = 「ECの時代」〜「出会い系、ネットショップ、ネットオークションの時代」

 2001年〜2010年頃
  「自己実現の欲求を満たす時代(マズローの仮説の第五段階)」

      = 「WEB日記、2chgoogle、ブログ、ミクシィニコニコ などの時代」 =「いわゆるWEB2.0的な時代」


 あるとき、私は、当時の社会がまるで赤子が成長するときのように、マズローの欲求5段階を上っているのではあるまいかと考えた。1983年、私は「人に近づくコンピュータの時代」と言い始めた。この言葉は当時は少しばかり流行語になった。実は、内心、この時代(1981年〜1990年)は「生理的欲求を満たす時代(マズローの仮説の第一段階)」ではないか、と思っていた。1985年頃からは防衛システムや家庭のセキュリティシステムのシステム構築の依頼が舞い込むようになった。これは、「安全の欲求を満たす時代(マズローの仮説の第二段階)」の始まりではないかと思われた。「生理的欲求を満たす時代(マズローの仮説の第一段階)」もまだ終わっていないが、次の段階は始まっているのだと確信した。やがて、すなわち1991年頃には「親和性の欲求を満たす時代(マズローの仮説の第三段階)」にはやってくるぞ、予測していると、実に人々の親和性の欲求を満たすインターネットの爆発的普及がこの時期から始まったのである。

 団塊の世代が30歳代になり社会の若手リーダとなったときから、団塊の世代は社会に向かって産声を上げ、社会的成長の軌跡を描き始めたのである。一人の赤んぼうのマズローの5段階はそれぞれ2−3年ずつだが、大人たちの社会的成長はもっとゆっくりらしい。団塊の世代の社会的成長は、各段階ともに10年前後、5年くらいずつは重なりつつ、成長を続けるに違いないと予測した。その後も、1995年ころからは「ECの時代」となり、出会い系、ネットショップ、ネットオークションなどの「自我の欲求を満たす時代(マズローの仮説の第四段階)」が始まり、2000年からは、WEB日記、2ch、google、ブログ、ミクシィ、ニコニコになどの「自己実現の欲求を満たす時代(マズローの仮説の第五段階)」に突入した。いわゆるWEB2.0的なものの実体は、「自己実現の欲求を満たす時代(マズローの仮説の第五段階)」を支援するツールがたくさん登場している状況というに過ぎない。


4.やんちゃな全共闘は企業戦士になった


安田講堂(東京大学ホームページ)より

 団塊の世代は、今からおよそ40年前の学生の頃、それまでの伝統的な社会のあり方に反発し、知性の氾濫を現出した全共闘運動の担い手たちだった。彼らは、学生の頃から、古い時代の権威と因習と時代に合わなくなった社会制度に激しく抵抗していたのである。ステューデントパワーの氾濫は全世界同時であり、人類史的出来事であった。当時20歳前後の団塊の世代は、若者らしい性急さで、いささか乱暴に、戦略も稚拙にやんちゃの限りをしたようだが、彼らの心底にあったのは、古い社会制度のおいしそうな真ん中から排除されている「俺たち、私たち」に対する苛立ちだった。若者の膨大なエネルギーが噴出された全共闘運動は未熟なまま大きな成果を見ずに終わったが、市民参加型社会を作ろうという心のエネルギーは、「敗北した」彼らの心の中に屈折しながら大きく蓄えられていった。
 この後、彼らが30歳代に成長するや、彼らは、自分のテリトリーでがんばること以外にも、情報システムを駆使することの中に市民参加型社会を作る可能性をかろうじて見出だしていったのである。大人になった彼らは、周囲との妥協や協調を学び、実利や効率を旗印として、所属する企業や社会のリーダとして認められようと猛烈に働き続けた。これが、史上最強の団塊企業戦士の由来である。



5.団塊企業戦士の世代は、社会に市民参加してしまった

 そして、結果としては、「自己実現の欲求を満たす時代(マズローの仮説の第五段階)」に到達したのである。この時代は、振り返ってみれば、市民参加型社会の成立を向かえた時代である。古い社会制度のおいしそうな真ん中から排除されていたはずの「俺たち、私たち」は、社会の成り立ちや方向性に自ら直接に関与できる存在になってしまっていたのである。
 団塊企業戦士の世代は、ついに社会に市民参加してしまった。そして、定年を迎えた。参加してしまった社会に対しては権利だけではない「責任」というものがのしかかってくる。社会に対するそのような「責任」を抱えたまま、今、団塊シニアの世代は、これまでの勤務先を追い出されてゆくのである。


6.社会サービスを受ける側から社会サービスをする側に

 さて、この予想通りとすれば、2010年までがWEB2.0的なものの賞味期限である。
それでは、その後は、どうなるだろうか、・・・。やることはないのだろうか。
実は、市民参加してしまった現在、団塊シニアは、社会サービスを受ける側から社会サービスをする側に移っていることを感じているのである。そんなはずはない、、、もっとサービスがほしいのに、、、と嘆くなかれ。今は国も地方自治体もお金がないことを理由に社会サービスを提供してくれなくなりつつある。以前は、介護も医療も、公民館の運営も、幼稚園や保育所の管理運営も、全て行政がやってくれるものだった。しかし、今はどうだろうか。介護も医療も、公民館の運営も、幼稚園や保育所の管理運営も、全て民営化が叫ばれて、実際にNPO法人などの民間団体がこれを担っているのである。

 コムスンのように、民営化の流れをお金儲けのチャンスだと思ったのは、大はずれだった。行政に社会サービスを提供するだけの予算がなくなったからこそ、民営化されたのである。受け皿になった民間が自ら身を切り血を流す思いで取り組むならばともかく、利益をむさぼろうとすれば、介護士数の水増しなどの不正に手を出す以外になかったのである。不正に手を出せば団塊シニアは告発する。こうしてコムスンは破綻した。
もはや、行政はあてにできないとすれば、団塊世代は「なにくそ、それなら、孫たちのためにわれらがやってやるまいでか」と思ってしまうのである。
社会サービスを受ける側から社会サービスをする側に、団塊シニアは、またしてもひと肌脱ごうとしているのである。


7.新しい30年は始まっている

 市民の社会参加を推し進めてきた30年は終わろうとしている。過去のマズローの5段階は終わりつつある。今は、新しい30年が始まろうとしている。

 2005年〜2015年
  「生理的欲求 を満たす時代(マズローの仮説の第一段階)」

      =  「食品・介護・健康自助組織の成立」

 2010年〜2020年
  「安全の欲求 を満たす時代(マズローの仮説の第二段階)」

      = 「自警・防犯・軍事自助組織の成立」

 2015年〜2025年頃
  「親和性の欲求 を満たす時代(マズローの仮説の第三段階)」

      = 「独立ネット共和国の成立」

 2020年〜2030年頃
  「自我の欲求 を満たす時代(マズローの仮説の第四段階)」

      = 「消参直接取引き・地球エンターテインメントの時代」

 2025年〜2035年頃
  「自己実現の欲求 を満たす時代(マズローの仮説の第五段階)」

      = 「人類国家・地球社会の時代」

 次のマズローの5段階が始まっているのである。シニア世代は、ここでも全ての世代を代表するかのように、「生理的欲求を満たす時代(マズローの仮説の第一段階)」=「食品・介護・健康自助組織の成立」にいやおうなしにまきこまれているのである。でも、貴方たちの顔を見てみると、それを決して嫌がっている風ではない。生きがいにし、その仕事を楽しんで、一瞬一瞬を充実して生きている。いまや、団塊シニアは社会を動かすエンジンなのである。われらなくして社会は動かず、と団塊シニアはにんまりとしてみたりしているのである。


8.人類期待の世代、団塊シニアの世代

 こうしてみれば、われら団塊シニアは、世界を変える波頭の上に立ち、向こう傷を恐れずに、逆風に抗してしたたかに生きてきた、人類史上、たぐいまれな人種なのではないだろうか。

 団塊シニアはこれからも世界を変える、その時代の先頭に立つ、気概に満ちて命を燃やす人々である。団塊シニアは、目立たず、威張らず、ひたむきに世直しに邁進するのである。団塊シニアの皆さん、命あるかぎり、我が命をもやそう。孫たちのためなら体も命も惜しみなく張れるわれらは、これからもそれぞれの時代の最先端で誇り高く生きてゆこう。

 団塊シニア、万歳。

2008年1月1日 記


 (上記の全体、もしくはその一部を、許可なく転載することを禁じます)



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