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163.ボランティアに向く人、向かない人  ・・・ (2014/06/08)

  一般に、定年後の仕事として「ボランティア」を勧めるむきがある。 それそのものは否定しないが、向き、不向きがあるような気がする。

 ボランティアなどという生易しいものではないが、アフリカの僻地に出向き、病人の世話をしているシスター達が沢山いると聞く。アフリカでも都会ならいざしらず、僻地となると日本人には想像もつかない不便な地。電気はおろか、水すら自由に手に入らない場所もある。こうした地で、病人の看病をしているシスターの多くがマラリアなどの病魔に襲われて絶命すると聞く。

 シスター達は誰に認められることもなくかの地で果てていく。常々疑問に思っていたのだが、信心があるとは言え、誰にも褒めてなど貰えぬまま、名もなく死んでいく彼女たちの心理が分からなかった。曽野綾子さんの本を読んでその疑問がとけた。シスターたちは、常に神と対話し、神に認めて貰っていることで、他の誰にも認めて貰う必要がないのだとのこと。ちょっと極端な例すぎるかもしれないが、とても私のような俗人には分からないこと。


 私は、若いころ財団法人に在籍して公益のために活動してきた。世の中一般に、公益法人は公益のために活動し、企業は営利のみに走ると信じているかと思う。しかし、私が財団法人設立にかかわった際に調べた範囲でも、公益法人とは名ばかりで、公益活動など何もしていないところが多数あったことに大いに驚いた。反対に、数は少なくとも、アフリカなどの低開発国のために活動している企業もある。つまり、公益か企業かといった外観からだけでは判断が出来ないのだ。

 起業前に参加した東京しごとセンター 主催、「創業寺子屋塾」の講義でも、始めようとする事業が何をもって社会に貢献するのかを考えて起業するように、とのアドバイスがあった。そんな自分だから、定年後は迷うことなく事業を始めた。事業分野は、たまたまアメリカ留学時代の友達がいるアフリカ・ガーナへ行った際のヒントで中古車輸出を始めた。しかしこの事業、大規模でやるならいざしらず、私のような個人で事業をしても、大儲けなどは出来ない。なぜなら、富裕層を対象にするビジネスとは対極にある、発展途上国を対象にしたビジネスだからだ。そんな事業だが、過去の知恵、経験をベースに、なんとか損を出さずにここまで来れている。


 長々と書いたが、ようはこうだ。定年になって組織を離れても、社会との接点を持ち続けたいという意味では、ボランティアも事業も同じ。ただ、ボランティアを通じて、自分を認めて欲しい、評価して欲しいと思うなら、もしかしたらボランティアには向かないのかもしれない、と思う。



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